2006/02/20

嫌オタク流、読了

2006-02-20-月 駒や來る人や分くると待つ程に茂りのみます宿の夏草

[]卒業といふ名のまぼろし 卒業といふ名のまぼろしを含むブックマーク 卒業といふ名のまぼろしのブックマークコメント 編集CommentsAdd Star

今日(水曜)からは新学期の始まり。
ところで、始業と共に、これまでない程のプレッシャーがやってきた。
なぜなら「教えられる」から「教える」側に変更したから。無事であるように...

菅家文草
http://applepig.idv.tw/kuon/furu/text/waka/kanke/bunsou/bunsou.htm
172 晚嵐 廿頌二十。
    松窗嵐氣苦 惱殺感秋情 撓得詩人興 增來夜水聲
    樵夫衣可薄 野客夢難成 已醉三分酒 誰愁冒曉行
菅原道真菅家文草』巻第一0172

■『前賢故実』「衣通姫」
http://blog.goo.ne.jp/kuonkizuna1601/e/662a6046d4284bb1b0d965a567ff0531
衣通姫(そとおりひめ)

 衣通郎姫。允恭天皇寵姫而皇后-忍阪大中姫妹也。
 才藻富膽、歌詞絕妙。姿色艷麗、肌膚如玉、徹衣而晃然。初帝強命皇后、而進衣通姫。姫畏皇后、雖七召之、固辭不應。帝復使中臣-烏賊津使主召焉。亦辭。使主即伏庭下、七日不食、泣請甚切。於是、不得已入宮。帝殊寵之、造宮於藤原而居之。又移河內茅渟。帝屢臨幸。

 天皇一日幸藤原宮、密察衣通姫居動。適見衣通姫沉思歌曰:
  夫子せこが べき夕也よひなり 小竹ささの 蜘蛛くもおこひ 今宵著こよひしるしも
 天皇聽之、不勝感、即歌曰:
  ささらがた 錦の紐にしき ひもを 解き放と さけて 數多は寢あまた ねずに 唯一夜ただひとよのみ

嫌オタク流読了
ちょっと複雑かも。以前は「オタクなら尚更読むべきと思います」が、実際で見ると、「最近オタクは...」と良く思う人には読む必要が余り無いと思います。特に海猫沢めろん氏の発言に、「其の通りだ。」「私もそう思う」と共感するしかない。正論で決して悪くないが、知ったはずな事で、多分、得とは言えません。
中原昌也氏はかなりの変人で、わざと嫌がらせ役をしているように見えます。どころで、高橋ヨシキ氏の発言は時々意外と痛いな所があります。例えば、海猫沢めろん氏が『ONE』の川名みさきをたとえとする時、まさに泣けゲーオタの気持ちを言い出す其のものだけど、高橋ヨシキ氏何気なくの「でも、そのゲームの売上が盲学校寄付される訳じゃないでしょう?」の一言で海猫沢めろん氏が「あ...それは俺も今初めて気づいた。」というボケ役を買う。
後半になると、更科修一郎氏の発言は海猫沢めろん氏ほど親オタク派じゃないのせいかも知れませんが、高橋ヨシキ氏も中原昌也氏も比較的オタク側に廻る発言が前半より多い。例えば「オタク犯罪の温床だ」という話題に、高橋ヨシキ氏は「ある程度の規模になればどんな集団でも犯罪の温床だよ。」と言いました。実は『嫌オタク流』というタイトルがあれども、全書はあまり嫌オタの立場に見えません。しかも、書末の注釈が酷くオタク臭い......
以前の「オタクなら尚更読むべきと思います」を改めて、「何故オタクが嫌われたのを知らない人々が読むべき」にします。

どころで、中原昌也氏の紹介が見つかりました。
『あらゆる場所に花束が…』で第14回三島由紀夫賞を受賞する。その歯に衣着せぬ筆致と、自虐的でありながらユーモア諧謔を忘れない姿勢、そして批評眼の確かさには定評がある。

USO9000さんの感想は仮想と現実の真ん中あたりにどうぞ。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~uso9000/diary/diary.htm#0219
どころで、USOさんの言う通り「個人的な見解」がばっかりですが、やっぱりわざだと思われます。良い方向で考えば、「オタク事実ベース専門家より全然知らない一般人の方が相性がずっと悪い。」と言うことですが。悪方向なら「実は一般人がオタクを嫌いふりして、海猫沢めろん氏と更科修一郎氏の弁解を引き出すためのオタク弁護書。*1」でもあります。
また『嫌オタク流閑話休題(仮想と現実の真ん中あたり経由)
http://blog.livedoor.jp/valdish05/archives/50344838.html

ワンダーフェスティバル 2006 冬 レポリンク集
http://www.wretch.cc/blog/miokei&article_id=4218277
今度は高原万葉GKが開場してすぐ完売だという情報が入りますが、
その状況についての写真はみつからないのでとても残念でした。
また、カルタグラフィギュアもまだ見つからないよね、ある友人が欲しいと思うけど。


*1:どうせ海猫沢めろん氏と更科修一郎氏の方が情報量が上だから。
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2006-02-19-日 送ると言ふ蝉の初聲聞くよりぞ今かと麥の秋を知りぬる

[]日本後紀巻十二 日本後紀巻十二を含むブックマーク 日本後紀巻十二のブックマークコメント 編集CommentsAdd Star

日本後紀巻十二、電子テキスト完成しました。
http://applepig.idv.tw/kuon/furu/text/kouki/kouki12.htm
長い、日本後紀作り始め以来一番長いのはこの巻ではないかと思います。
とはいえ、日本後紀は殆ど逸文巻ですから、これこそ普通の長度かもしれません。

そのわり、当巻の見所も沢山有ります。
石上家成(石上麻呂が子)の薨伝は薄いので、物部氏の沒落も見とれるかも。
そのあと、桓武天皇の不予により、度々の大赦、放生が行う。そこで、石上神宮の神祟りという事件もあります。平安京へ遷都したため、政治中心と奈良石上神宮の距離が遠くなって、石上神宮に收納され兵器を山城国葛野郡まで運送せよと宣旨した。文章生の布留宿禰高庭(布留という氏から見ると、やっぱり物部氏と石上神宮の縁者か?)が其れをやめようと進言したがそれを採納させず。その代わりに、桓武天皇が不予になった、平城松井坊の女巫(かんなぎ)の宣託によるとそれは神宝・兵器の不当運收に対する祟りという。これから女巫に依頼して神様との交渉、天皇の謝りの宣命を出す事に至るまでは何となくドラマチェックにみえる。
また、怨霊のことも欠からず。先後は井上内親王・他戸親王、そして崇道天皇(早良親王)への鎮謝・祭祀を行い、桓武天皇の影にああいう裏事情は不予により明らかに見られます。とは言え、桓武天皇は巻十三まで生きていたのでなかなか頑仗の方でもある。此前に、唐徳宗崩御メッセージは遣唐使らが伝えました。


菅家文草
http://applepig.idv.tw/kuon/furu/text/waka/kanke/bunsou/bunsou.htm
171 水鷗 廿頌十九。
    雙鷗天性靜 況遇得心人 逐步高低至 尋聲向背馴
    飛疑秋雪落 集談浪花匂 殊恨秋天暮 相離不敢親
菅原道真菅家文草』巻第一0177

■怪奇黒素材 神社
http://www.kaiki.info/sozai/jinjya/index.html

■これもまた、壊れた模様。
http://mangaen.blog30.fc2.com/blog-entry-132.html

■たまに見つけた台湾の人による日本語ブログ
http://www.wretch.cc/blog/miokei
だんだん増えてきたね、そして末期的壊していく(汗)。
サイトリンクを見ても、日本アキハバラオタクそのものという感じが湧いてくる。

2006/02/18

文なしや宿の蚊遣火付けそめて語らふ蟲の聲をさけつる

2006-02-18-土 文なしや宿の蚊遣火付けそめて語らふ蟲の聲をさけつる

[]一日中 一日中を含むブックマーク 一日中のブックマークコメント 編集CommentsAdd Star

花札ゲームをやってます。(汗)
また、日本後紀を作成しています。何時の間に午前四時。帰るのは面倒くさいから実験室で寝た。

菅家文草
http://applepig.idv.tw/kuon/furu/text/waka/kanke/bunsou/bunsou.htm
170 晴砂 廿頌十八。
    晴砂宜勝境 好是水邊行 老鶴馴知意 遊魚喚有名
    不嫌松影掩 唯待月光明 此地徘徊立 忘家送我生
菅原道真菅家文草』巻第一0170


 天皇詔旨良萬止らまと.敕命,和泉、攝津二國司郡司公民陪從司司人等諸聞食宣.今年年實豐稔,人人產業取收在.此月,閑時爾之弖にして,國風御覽止奈毛となも,常聞所行.今行宮所御覽,山野麗,海瀲之弖して,御意於太比爾之弖をたひにして御坐坐.故是以御坐坐世留せる和泉國,并攝津國東生、西成二郡百姓,今年田租免賜,又勤仕奉國、郡司及一二人等,冠位上賜治賜.目以下及郡司正六位上爾波には,男一人位一階賜.又行宮勤仕奉,三嶋-名繼真人,上賜治賜.又行宮高年八十已上并陪從人等,大物賜波久止はくと敕命,眾聞食宣.

 天皇詔旨良萬止らまと敕命,紀伊國司、郡司、公民、陪從司司人等,諸聞食宣.此月,時爾之弖にして,國風御覽止奈毛となも,常聞所行.今御坐所御覽,礒嶋奇麗,海瀲清晏爾之弖にして,御意於多比爾をたひに御坐坐.故是以御坐坐世留せる名草、海部二郡百姓,今年田租免賜,又國司、國造、二郡司良爾らに,冠位上賜治賜.目已下及郡司正六位上爾波には,男一人位一階賜.又御座所高年八十已上人等,大物賜波久止はくと敕命,眾聞食宣.

 天皇御命坐,石上大神申給波久はく,大神收有器仗,京都奴流爾ぬるに,近處令治牟止むと弖奈母てなも,去年此運收有.然比來之間,御體如常不御坐有流爾るに,大御夢,大神願坐,本社返收弖之てし.無驚,無咎,平可御坐止奈母となも食.是以鍜冶司-正從五位下-作良王、神祇大副-從五位下-大中臣朝臣-全成、典侍-正五位上-葛井宿禰-廣岐等差使,禮代幣帛,并鏡令持,申出給御命,申給申.辭別申給,神那我良母ながらも皇御孫御命,堅磐常磐,護奉幸奉給閇止へと,稱辭定奉久止くと申.

田中ユキ氏インタービュー
http://www.manga-gai.net/contents/shitumon_tanakayuki.html


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2006-02-17-金 咲きにける枝なかりせば常夏ものどけき名をや殘さざらまし

[]またか またかを含むブックマーク またかのブックマークコメント 編集CommentsAdd Star

毎週恒例、グループミーティングの日。しかも今度もまた三時間半。



菅家文草
http://applepig.idv.tw/kuon/furu/text/waka/kanke/bunsou/bunsou.htm
169 柴扉 廿頌十七。
    秋山鄰已絕 問得一柴扉 半畝家庭小 殘陽氣力微
    應為風月地 足寄薜蘿衣 縱有逢羔雁 閑居不敢歸
菅原道真菅家文草』巻第一0169

■『前賢故実』「県守」
http://blog.goo.ne.jp/kuonkizuna1601/e/46ffc5a6b5eea50bd58ba3442b7f0a66
 縣守。笠臣祖。為人勇悍強力。
 仁德帝朝,吉備中國川島河,有大虯,為民害。於是,縣守取三瓠臨淵曰:「告汝虯。今我投瓠,汝能沉之則宥汝,不能沉則戮汝。」虯即化為鹿,百方欲沉瓠而不能。縣守乃拔劍躍而入水,斬大虯。更求小虯。小虯懼而匿水底窟穴。搜索殲之。水悉變為血。故字其水曰-縣首淵。

大日本餓麗爾屹吐高原万葉久遠の絆GK複刻
http://dng.dip.jp/exhibition/mayou/index.html
7年ぶり。

神無KEI壁紙作成教学
http://blog.xuite.net/kanna.kei/acg/5192191

Natural Color Majestic-12
http://parallelloop.com/
 それは、『機動戦士ガンダム』のスキーム太平洋戦争や現代日本を語ろうとする、福井春敏の『ローレライ』、『亡国のイージス』に顕著な、政治・歴史といったメインカルチャーと強固に結びついたオタクのあり方だ。 簡単に言えば、『機動戦士ガンダム』でオタクは歴史性や政治性を回復できると福井らは宣言している。しかし、そのようなサブカルチャーを安易に歴史に代入してしまう行為は、私たちはガンダム世界の全てを理解できるのだ、というもうひとつの自閉へと繋がってしまう危険性もまた内包しているのではないだろうか……。
海外で同人誌の購入がちょっとかなり面倒くさいだけど、買うかどうかを検討致します。

2006/02/16

日本書紀私記零本

2006-02-16-木 五月雨や木暗き宿の夕されは面照るまでも照らす螢か

[]御冥福御冥福をを含むブックマーク 御冥福をのブックマークコメント 編集CommentsAdd Star

今日はセミナの真中、携帯が響きました。
セミナが終わった以後、実家電話を書けたのですが、母は留守でした。
のち、ついに母と連絡を取ると、母方の祖母は病気で急逝されという。
ウチは父が台湾の人で母はシンガポールの人なんだから、祖母は勿論シンガポールに居ました。
よって、生まれから祖母を見る機会は滅多に無い、大体十回くらいしかないと思います。
母は今曜日帰省葬式を出席する予定ですが、私にはパスポートの手続きさえ間に合わないから行けそうに無い。
とりあえず、冥福を祈ります。



日本書紀私記零本
http://applepig.idv.tw/kuon/furu/text/monogatari/tamura/tamura.htm

  • 參議-淑光朝臣橫點云:假名之起,當在何世哉?
  • 問:假名之字,誰人所作乎?
    • 師說:大藏省御書之中,有肥人之字六七枚許也.先帝於御書所,令寫給之.其字皆用假名,或其字未明,或乃川等字,明見之.若以彼可為始歟.
    神代 上
    • 問:此卷注-神代上,文意如何?
      • 師說:大和本紀云:「國常立尊、國狹槌尊、豐斟淳尊,此三神獨化身藏矣.埿土煮尊、大戶之道尊、面足尊、伊弉諾尊,此四神共化身藏.云云.」此卷皆載此等神代之事,故云-神代.
    • 問:不唯言神代,相別上、下,其意如何?
      • 師說:周易有上經、下經,尚書有盤康上、下,泰誓上、下等篇.可謂習此例也.
    溟涬而含牙
    • 問:溟涬二字,引考經籍,皆稱夫地未分之形.今讀語,其說如何?
      • 師說:此文在莊子春秋緯并淮南子等,皆稱天地未分之形矣.但倭語先先有五說也.一-阿加久良爾之天あかくらにして.二-保能加爾之天ほのかにして.三-久久毛利天くくもりて.四-久良介奈湏太太與比天くなけなかたたよひて.五-久良介奈湏太由太比天くらけなかたゆたひて.今案,此五說之中,久久毛利天此說可為先.既云天地未分.此說可叶彼義.然則其外四說,相副可存.
    • 嚴閤橫點云:渾沌如雞子之文,讀云鳥兒,不明何鳥之兒.今案,『禮記』月令正義云:「天地渾沌如雞卵.云云.」然則此義可叶.若訓雞子,讀雞卵如何?
      • 師說:已注雞字,更疑何鳥?又未呂加禮太留己止みろかれたること如雞子者,明是卵也.然而先師皆存此意,猶讀烏兒,不可輙改. 問:含牙之牙,先先之說皆讀阿志加比あしか.而此度被讀支佐志きさし,其心如何? 師說:先師之說有葦類之說,然而下文葦牙之處可讀此說也.此含牙者,萬物萌牙之義也.非可指謂葦牙,仍取萌牙之義支佐志きさしと可讀.但先師阿志加比あしかひと被讀說者,可相存.
    薄靡而為天
    • 問:此文『淮南子』之文也.彼書靡字作歷,即許慎、高誘等注云:「薄歷者,塵飛揚之皃也.」而此紀改作靡,其意如何?
      • 師說:自及其清陽至于地後定廿餘字者,全是淮南子之文也.而此紀改作靡字者,其由未明.若歷、靡兩字,其體相似,淮南子亦有作靡之本乎.但『先代舊事本紀』全作靡字,『假名日本紀』亦云太奈比支天たなひきて云也.然則此紀者見彼等所作也.『淮南子』中若有作靡之本者,可叶此義.

    神聖生其中
    • 問:神聖兩字,義理各異.仍舊說之中,或有二字相連讀訓之說.而此度相合二字,只被讀神.其意如何?
      • 師說:先師舊說之中,有相連讀訓之說.是則天地之間,有神有聖之意也.而今呂濟『三五曆記』云:「開闢之初,有神聖.一身十三頭,號天皇.」如此則以一身十三頭之天皇為神聖之人也.然則先只讀神,後相分讀神聖之說,可副存之.
    重濁者淹滯而為地
    • 嚴閤點云:此八箇字於母久爾己禮母乃波都都為天都知止奈留をもくにこれものはつつゐてつちとなる被讀也.今案,重者自本不浮也.唯濁者都都為留.然則重字似難讀,如何?
      • 師說:淹滯二字『假名日本紀』志豆美止止母利天しつみとともりてと注也.然則渾沌溟涬之中,重濁者沉滯為地也.重字非不被讀也.凡此書之例,不必全據字數而讀.或相合三四箇字讀如一字,或只指一字讀加多辝.存此意可讀.
    天先成而地後定
    • 尚復不讀此點,仍博士說.
      • 師說:此七箇字者,讀云阿女末豆那利天豆知乃知爾佐多萬留あめまつなりてつちのちにさたまる而 古說云阿萬乃美支利之久爾乃美支利之あまのみきりしくにのみきし.又,阿萬乃伊波多知曾 利多知之天あまのいはたちそりたちして.此說可存.
    洲壤浮漂
    • 問:洲字之訓,『說文』云:「水中地也.」『毛詩』注:「水中地可居者也.」又下文皆訓讀嶋也.而此文國土讀如何?
      • 師說:先師或訓洲被讀渚也.而今見與州字通用也,仍讀國也.先久爾豆知くにつち讀耳.但湏豆知かつち相副可存,後說耳.
    • 問:浮漂之義,依『古事記』可讀久良介奈湏太太與倍留くらけなかたたよへる事也.而如字被讀如何?
      • 師說:如『古事記』可讀然也.又『假名日本紀』、『大和本紀』、『上宮記』等意亦同.而先師於溟涬之處被讀此訓.至于浮漂之處如字被讀也.今案,此處浮漂之文,見『古事記』等所作也.至于溟涬,雖無『古事記 』等自經藉中,新所撰出也.然則倭語之訓,不必讀之.仍今彼溟涬之處久久毛利天くくもりてと讀也.此浮漂二字久良介奈湏太由太比天くらけなかたゆたひてと可改讀.

  • 菅家文草
    http://applepig.idv.tw/kuon/furu/text/waka/kanke/bunsou/bunsou.htm
    168 樵夫 廿頌十六。
        負薪家產苦 山路幾多難 曉出蓬門去 昏尋澗水還
        欲餬朝夕口 不惜老年顏 自愧妻兒意 生涯未肯閑
    菅原道真菅家文草』巻第一0168

    ■『前賢故実』「弟橘姫」
    http://blog.goo.ne.jp/kuonkizuna1601/e/909d54b71554f06c3a1cfa87538a5037
    弟橘姫(おとたちばなひめ)
     弟橘媛。穗積氏,忍山宿禰之女。日本武尊之寵姬。
     尊征東夷,媛亦從行。一自相模泛海而東。時風濤暴起,舩將覆。媛啟尊曰:「是海神為祟也。請妾身當之。」言訖,自投於海。暴風即止,三軍得濟。尊深哀歎之。已平虜而歸,西踰碓日嶺,東望懷媛。嘆曰:「吾嬬己矣!」因號東方諸州曰吾嬬。
     比賣將入海.歌曰:
      さねさし 相模(さがむ)の小野に 燃ゆる火の 火中(ほなか)に立ちて 問ひし君はも



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    2006-02-15-水 菖蒲草今日の水際を訪ぬればねを知りてこそ片寄りにけれ

    []田村草子電子テキスト完成 田村草子電子テキスト完成を含むブックマーク 田村草子電子テキスト完成のブックマークコメント 編集CommentsAdd Star


    田村草子
    http://applepig.idv.tw/kuon/furu/text/monogatari/tamura/tamura.htm
     去程に將軍の御幾方(いくはう)、いよいよ優りける、斯くて俊宗、鈴鹿御前と尚淺からぬ仲と成り給ひけるか、鈴鹿御前、唯風の心地と仰られしが、次第にをもらせ給ふ、俊宗心憂く思し召し、様様の御祈りあれば、鈴鹿此由聞し召し、我はかりに此界に生るる也、此世の機縁付きたれば、如何に祈り給ふとも甲斐有まし、遑申て田村殿、聖林(しやうりん)を愛をしみ給へと言ひ捨てて、終に虛しく成給ふ、俊宗の御嘆き、中中申はかり無し、余り悲しみ給ひて、一七日焦(こ)がれじににしに給ふが、やがて冥土に行き給ひて、倶生神(くしやうじん)を呼び、汝は十王の下人か、されは我娑婆(しやば)の田村の大將軍俊宗也、汝が主に対面申た聞由(きよし)申べしとの給へば、倶生神(くしやうじん)大きに怒り、娑婆(しやば)にて は何者にてもあれかし、今我等にさやうの事を言はん物、無間(むけん)へ落とすべしとて、黒き鬼と赤き鬼か、引き立てんとしけるを、高足だにて、ころころと踏みたをし、我言ふ事を聞くまじきかと仰ければ、倶生神覇気を消し、唯呆れ果てたるばかり成り、ややありておきあかり、是非の子細も無く十王の前に逃げて行き、此由斯くと申ければ、十王出給ふ、其時俊宗、我妻七日以前に身罷りて候、急ぎ返し給はるべしとの給へは、其れは定業(ぢやうごう)限りあれは叶ふまし、汝は非業(ひごう)成り、急ぎ返れと仰ければ、定業(ぢやうごう)なればこそ返してたべと申候へ、非業(ひごう)成れば言い分は無し、返し給はずは、狼藉(らうぜき)の有べしとて、和諧印(くわかひのいん)を結び和(な)げ給へば、大釈奠(しやくでん)やけ上がる、その時大通連(とうれん)を抜き給ひて、驅け回り給ふ、此大通連は、文珠の化身(けしん)なれば、十王も倶生神も、如何で容易く思ふべき、閻魔(ゑんま)王は獄卒(ごくそつ)を召し、斯の者を返せと仰ければ、獄卒(ごくそつ)申けるは、定業(ぢやうごう)の者也、其上早からだも候はず、如何はせんと申ければ、鈴鹿と同じ時に生まれた女の美濃東海(とふかい)と言ふ所有、彼に取り替へよと仰ければ、獄卒承て、斯のからに取替へて、田村の前に出しけるか、有しより姿も変はり、容(かたち)劣りければ、俊宗は腹を立て、元の如くに成して度給へと仰ければ、第三の冥官(みやうくはん)を御使ひにて、東方浄瑠璃(じゃうるり)世界の祝寶積(いわうほうしやく)の薬を進め給へば、尚其の昔より、慈(いつく)しくならせ給ひけるとかや、さて帝釈(たいしゃく)の給ふは、今より三年の暇を取らする也と其の給ひける、冥土の三年は娑婆の四十五年也、さてこそ田村將軍と鈴鹿御前の御契りは、二世の縁とは申なれ、有難りきためし也。
     さても此の大將軍(しやうぐん)は、観音(くはんをん)の化身にてましませば、眾生濟度(しゆじやうさいど)の方便(はうべん)に、假に人間と現れ給ふ、又鈴鹿御前は、竹生嶋(ちくぶしま)の弁財(へんざい)天女なるか、篤(あつ)き邪神を助け、佛道(ぶつだう)に入給ふべきとて、様様に変化(へんげ)給ふも、御慈悲深(じひふか)き事也。させ末代の試(ためし)には、清水寺の御建立(こんりう)、大同二年に聖眾 (しやうじゆ) して、大同寺と申せしか、水の御中身(みなかみ)清くして、、流れの末も久方の、空も和(どか)に巡る日の、掛け清水寺とし改めて、尚此寺の坂の上なる、田村だうの軒ばの松の深碧、千代萬代の蔭染めて、貴賎(きせん)訓示(くんじ)揺(ゆ)する事、佛法繁昌(はんじやう)の故也。此草子見給はん人人は、いよいよ觀音(くはんをん)を信じ給ふべし。
    管理人はこういう文体がへたれだから当て漢字は正しかどうかが保証しかねます。

    菅家文草
    http://applepig.idv.tw/kuon/furu/text/waka/kanke/bunsou/bunsou.htm
    167 釣船 廿頌十五。
        曲岸無他產 蕭疏一釣翁 小船迷落葉 輕緒惱涼風
        不問歸家後 唯期送老中 竹竿如可學 我宅有孤叢
    菅原道真菅家文草』巻第一0167

    ■『前賢故実』「日本武尊
    http://blog.goo.ne.jp/kuonkizuna1601/e/1db242facc90797b1c3cbab196eca196
    日本武尊(やまとたける)
     日本武尊。一名日本童。名又曰小碓。景行天皇皇子。容貌端正,身長一丈,力能扛鼎。
     天皇遣皇子征熊襲,時年十六。女裝竊入其家,剌魁帥川上梟帥殺之。賊咸寒毛股栗。
     四十年,蝦夷叛。於是,拜大將軍,征東夷。吉備武彥、大伴武日為之副。皇子先到伊勢,拜皇太神宮。進到駿河島原,虜乃偽降,誘皇子令獵,燎原以攻之。皇子提天叢雲劍,剪伐草莽,鑽燧縱火,會大風起,烟焰反掩賊軍。虜皆潰散。進入陸奧,至蝦夷境,所向悉摧破。眾虜震怖。終俘酋長,邊境乃安。


    征東夷凱旋之日,入尾張至尾津,得嘗所遺失之劍於松下。歌曰:
      尾張(をはり)に 直(たた)に向(むか)へる 一(ひと)つ松(まつ)あはれ
      一(ひと)つ松(まつ) 人(ひと)にありせば 衣著(きぬ)せましを 太刀佩(たちは)けましを


    ■年賀コーナー
    http://applepig.idv.tw/kuon/special/contribution/mimai/2666ny/2666_ny.htm
    貴崎涼様から寒中見舞いを頂きました。

    2006/02/14

    称徳天皇(孝謙天皇)の死因

    2006-02-14-火 杜鵑今ぞさ渡る聲すなる我が告げ無くに人や聞きけむ

    []佐藤朱鷺子みちのく秘湯恋物語)の誕生日佐藤朱鷺子(みちのく秘湯恋物語)の誕生日♪を含むブックマーク 佐藤朱鷺子(みちのく秘湯恋物語)の誕生日♪のブックマークコメント 編集CommentsAdd Star


    称徳天皇孝謙天皇)の死因
     寶龜元年三月十五日,天皇聖體不豫,不視朝百餘日.天皇道鏡法師,將失天下.道鏡欲快帝心,於由義宮,以雜物進之.不得拔.於是,寶命白頹,醫藥無驗.或尼一人出來云:「梓木作金筋,塗油挾出.則全寶命.」百川竊逐卻.皇帝遂八月四日崩.天皇平生未立皇太子.至此,右大臣-真備等論曰:「御史大夫-從二位-文室-淨三真人,是長親王之子也.立為皇太子.」百川與左大臣.永手内大臣.良繼論云:「淨三真人有子十三人,如後世何?」真備等都不聽之.圍淨三真人為皇太子.淨三推辭,仍更圍其弟-參議-從三位-文室大-市真人為皇太子.亦所辭之.百川與永手、良繼定策,偽作宣命語.宣命使立庭令宣制.右大臣-真備卷舌無如何.百川即命諸仗圍白壁王為皇太子.
     十一月一日壬子,即位於大極殿.
     右大臣-吉備亂云:「長生之弊,還遭此恥!」上致仕表,隱居.
    ここ日本紀略に載る称徳天皇の死因が続日本紀と違う事を知ってて、興味が湧いて調べてみました。いや、いやらしいわ...

    菅家文草
    http://applepig.idv.tw/kuon/furu/text/waka/kanke/bunsou/bunsou.htm
    166 山寺 廿頌十四。
        古寺人蹤絕 僧房插白雲 門當秋水見 鐘逐曉風聞
        老臘高僧積 深苔小道分 文珠何處在 歸路趁香薰
    菅原道真菅家文草』巻第一0166

    ■『前賢故実』「田道間守」
    http://blog.goo.ne.jp/kuonkizuna1601/e/93a1351371b5ac7a05469c0c25a0eb3b
    田道間守(たじまもり)

     田道間守。
     垂仁帝九十年春二月,命田道間守使求橘于常世國。得之而歸。時帝己崩矣。於是哀慟曰:「嘗奉命,遠至絕域,踏浪度險。往還十年。今而無所復命。臣雖生,亦何為?」遂伏陵下,哭泣而死。群臣為之流涕。

    田村草子
     有時鈴鹿仰けるは、一年大嶽丸が、釼明連(けみゃうれん)の劍を取残せしし故に、魂魄(こんはく)残て天竺へ歸り、又日本へ渡り、陸奥の國に、霧(きり)山ヶ嶽に立て篭りて、世の妨げを成すべきとの瑞相(ずいさう)有、急ぎ都に上り、良き馬を求め給へと仰ければ、やがて上洛 ( しやうらく ) して馬を尋ね給ふ所に、五條の傍らに、すみあらしたる館(やかた)に立寄り見れば、二百さいにも及びたる大きな、馬屋の前にねふり居たり、又世の常の馬五つばかり一つにしたる程の馬を、金鎖(かなくさり)にて、八方へ繋ぎたるが、百日にも巻くさくれたり共見えす、引き立つる共一足も行くべきとも見えず、俊宗此馬売るべきかと仰ければ、大きな嘲笑ひ何の用に此馬買ひ給ふべき、欲しくは値はいるべからず、引かせ給へと言ふ、俊宗嬉しく思し召し、明日引かせ申さんとて、歸り給ひて、斯の大き何百石百貫に色好き小袖を添へて下(くだ)したぶ、大きな大きに悦びけるなり。さて其馬を買ひ給ふに、世中に並び無き名馬にて、俊宗乗り給へば、山を駈けり海を渡るも、同じ平地の如し、不思議に思し召し、鈴鹿へ行(ゆ)かんと思ひ乗り出し給へば、刹那か間に着き給ふ。鈴鹿御前は御覧じて、天晴(あつはれ)御馬(むま)候、これに召されて、陸奥の國霧山ヶ嶽を御覧しをかれ候へ、大嶽丸が來り候共、駒の足立を知らせ給はば、唯一かせんのしやうぶそと仰られければ、やがて此駒に打乗りて、東を指して打ち給ふに、反しの間に、霧山當たりを駆け回り、元の所に歸り給ふ、斯くて月日をすぐし給へば、案の如く、大嶽丸かしんはく、元の如くに成て、霧山ヶ峰に居て、人を捕る事限りなし、此由相聞申ければ、二十萬騎(ぎ)の軍兵(ぐんびやう)を田村將軍に付け給ひて、急ぎ討つ立つべしとの宣旨なり。俊宗畏まつて受け給り、此由鈴鹿に語り給へば、人數はさやうに入べからす、唯御手勢(てぜい)謀り連れ給ふべしとて、皆人人をは返し給ひて、五百よきの手せい謀り召し連れ給ふ、都より霧山までは三十五日の道なるを、軍兵共をばさきに立て、俊宗は鈴鹿御前と酒宴管絃(しゆゑんくはんげん)、様様の御遊びにて、七日の末より八月半ばまで、夜と共の御遊(ゆ)ふ様様なりしか、都を出て三十四日と申に鈴鹿を出る、御前は飛行(ひぎやう)の車に召す、俊宗は斯の駒に打乗り、へんしの間に、霧山の麓に着き給ふに、軍兵共は今た二時ばかり後に着きける、去程に鬼神は山を掘り抜き、口には大磐石(ばんしゃく)を戸枚として、せめ入べきやう話、去れ共田村は、兼ねて案内(あんない)走るなり、絡め手に廻り、せめ入て見給へば、大嶽丸は無かりけり、門守りの鬼一人出、何者なれは、我に案内も岩で通るらん、物見せんとて、鐵のばうにて討たんととすれば、俊宗扇(あふぎ)にて打下し、憎(にく)き者の振る舞ひかなとて、 先戒(いまし)めて引出す、扨大嶽(たけ)は幾つに有そと問ひ給へば、八大王(わう)と申は我らかしうの主也、蝦夷ヶ嶋(ゑそがしま)に坐します、御見舞ひの為に、昨日御輿(こし)候程に、やがて歸り給はんと申せば、俄かに空曇り、雷(かみなり)して、黒雲一叢の中より、鬼の聲凄まじくして、あら珍しいや田村殿、久敷き程の減算(げんさん)也、一年伊勢鈴鹿山にて、御身は某を打ち止めたりと思ふらん、我は其の頃天竺に用有て、玉しゐ一つの輿をきて歸る也、其れを我本體を思ふらん、人間の智慧(ちゑ)の浅ましさよと、笑ひければ、田村聞給ひて、其れは去事も有べし、汝か劍は如何にと仰ければ、是こそ釼明連(けみゃうれん)よそて差し上る、俊宗御覧じて嬉しし嬉しし、二つの劍は給りて、日本の宝となし、今一つの劍を取り残し、心に掛かり思ひしに、此までの持参何より満足也との給へば、大嶽丸腹を立て、何のわつはに物無いはせそ、三面鬼は無きかと言へば、面の三つ有る赤き鬼、躍り出て、大石を雨の降る程打けれ共、一つも当たらず。其時俊宗、例の大弓に鏑矢つがひ、暫し固めて放ち給へば、三面鬼かまつかうい砕かれ、朝の霧と消えにけり、大嶽腹を据へかね、手取にせんと、半町ばかり一飛に飛んで懸るを、飛ちかえて切給へば、首は前に落ちけるか、其のまま天へ舞上がる、鈴鹿御前は御覧じて、此首只今落ちかかるべし、用心あれとて、鎧甲を重てき給ふに、二時計有て鳴渡り、田村の甲の手偏(てへん)に位(くらひ)付、俊宗甲を脱ぎ御覧するに、其まま首は死にける。残の眷族共には繩を掛け、引上り、皆切て獄門(ごくもん)に懸られける、又大御丸が首をば、末代の傳へにとて、家の寶蔵(ほうそう)に納、千本の大頭と申て、今の世までも、見越し先に渡るは、この大嶽丸が頭也。

    立喰師列伝
    http://www.tachiguishi.com/trailer.html
    立喰師列伝、予告公開。
    小説読了OSTは注文済み、DVDは何時か出るかな...



    トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuonkizuna/20060214

    2006-02-13-月 卯の花の盛りなるべし山里の衣さほせるをりと見ゆるは

    []嫌オタク流 嫌オタク流を含むブックマーク 嫌オタク流のブックマークコメント 編集CommentsAdd Star

    先日入手したので、今日は一部読んでみました。
    発案の海猫沢めろんは「昔、オタクの特性ともいえる『自嘲的』性格は、最近オタクにあまり見られないから...わざとこういう本を出たいと思ってる。」という話が凄く共感的同意してます。堂高しけるが『全日本妹選手権』巻二で「誰も罪悪感を抱きながらオタクをしているんだ。」と言い出しまが、今のオタクには全く適用しないと気がします。オタクが「罪悪感」と「自嘲的言動」を持ちながら、一般人を迷惑かけない常識人で居られる筈と私がそう思います。



    菅家文草
    http://applepig.idv.tw/kuon/furu/text/waka/kanke/bunsou/bunsou.htm
    165 孤雁 廿頌十三
        薄暮孤飛雁 閑中聽不煩 賓來秋霧遠 旅宿曉波喧
        未卜能鳴意 唯驚冷夢魂 若知詩與苦 高門欲相存
    菅原道真菅家文草』巻第一0165

    田村草子
    http://applepig.idv.tw/kuon/furu/text/monogatari/tamura/tamura.htm
     山山峰峰を辿り越えて見給へば、大き成岩穴在り、見給へば、漫漫たる霞(かすみ)の内に、黄金(こがね)の甍(いらか)有、金銀瑠璃 ( こんごんるり ) の砂をしき、鐵の門を過ぎ行けば、白金の門在り、尚し過行けば、金銀の反橋(そりはし)を掛けたり、誠に極樂世界(ごくらくせかい)と言ふ共、是には如何でまさるべき、庭に四基の躰を現(あらは)し、先ひんがしは春の景色にて、出る日蔭物どかなり、谷の戸明くる鶯(うぐひす)の、聲も高嶺の雪溶けて、垣根の梅(むめ)のかつ散れば、櫻は遅しと咲き續く、岸の山吹色深く、藤波寄よする松枝の、碧の空に立續き、南面(みなみおもて)は夏の夜の、明方近き杜鵑(ほとどぎす)、鳴き行く山走しげり逢ひ、岩が解(ど)けつる瀧(たき)津瀬に、浪も涼しき夕暮れに、飛び交ふ螢微かにて、天の戸叩く水鶏(くゐなとり)も、曙(あけぼの)柳(やな)を押(お)しむらむ、扨又にしは、秋風の、末葉の露の散る影に、所所の簇紅葉の色、野邊の蟲の聲しらるる、蓬生(よもぎふ)の露にみだるる糸萩(いとはぎ) の、花紫の藤袴桔梗 ( ききやう )、苅萱(かるかや)、女郎花(をみなへし) 、今を盛りと見えたりけり、北は冬の景色にて、尾上(をのへ)の松の梢までも、降りうづみたる雪の日に、隅やくけ降り末明(ほのか)にて、池の郡の僻に、番はぬをしの立ちさはく、羽風も寒き曉(あかつき)は、一人寢る身様かるらん、又巽方(たつみのかた)を見れば、色色の鳥の羽にて、吹き分けたるやかた、百ばかり並びたり、其の内を見れば、玉の床に、錦の褥を敷き、室方の格子の内には、玉の簪(かんざし)掛けたる女、余たなみゐて、琵琶言調べ、或ひは、ごすご六に心を寄せたるもあり、其れより奥を見るに、大嶽丸か住ける所と思しくて、黄金の扉に、白金の柱にて、一段高く作り、郡(こほり)の如く劔戟(けんほこ)をば、隙間も無く立並べ、鐵の弓矢なくゐは數を知らず、俊宗思召けるは、只今よき折伏し也、鏑矢一つ射ばやと思召けるが、先鈴鹿御前に問ひ給へば、暫く待給ふべし、只今事のいで來るならば、検束(けんそく)共に取込められ、御命有まし、其れを如何にと申に、此鬼は、大通連(だいとうれん)、小通連(しょうとうれん)、釼明連(けみゃうれん)とて、三つの劍有、此劍共をたいする内には、日本か寄てせむる共、討たるる事が有まし、さあらばしやうじいれ、睦(むつ)ましけにも手無し、三つの劍を預かりて取るべし、其後來らん時、易々と討ち給へ、先只今は歸り給べしとて、打つれ斷(だ)ちて歸り給ふ。案の如く、日暮れければ、大嶽丸、美しき童子と成り、鈴鹿御前の御枕に立寄りて。
      ≪岩ならず、枕成りとも、口やせん、夜夜の涙の、露の積もれは。≫
     と詠み、袂(たもと)を顔(かほ)にをし当てて泣きける、鈴鹿御前は、兼ねて巧みし事なれば、返し。
      ≪口はてん、枕は垂れに、おとらめや、人こそしらね、堪えぬ涙を。≫
     と詠み給へば、大嶽丸是を聞き、怖いかに、ちつかに文の重なるまで、一度の御返事たに無かりつるに、只今の人の言葉の嬉しさよ。誠なるかな、目に見えぬ鬼神をも憐れと思はせ、男女の中をも和らげ、彪武士の、心を慰むは歌也。我歌の道を知らずしては、如何で此君と契りなん、天晴(あつはれ)歌詠みかなと、漫ろに我身を譽たりける。
     さて、鈴鹿の側近く寄り伏し、此れ程盡くせし心の程を、哀れみ給ふにや、只今の言の葉こそ有難けれと、涙を流しければ、鈴鹿御前、我も岩木ならねば、如何ばかり思ひつるそや、構へて見捨て給ふべからすと、打解顔(うちとけがほ)に仰ければ、大嶽丸も何か心を残すべき、越し方行く末の事共言(い)ひ語(かた)らひけるか、明ぼの告(つぐる)鳥の聲、おき別れ行きぬきぬの、袖を控えながら、此程俊宗とやらん言ふ者、我に文を通はしけれども手に悖(もと)らず、御身にかく慣(なれぬ)ると聞くならば、如何なる憂き目にも哀すべき、心細く思ふ成り、御身の劍を我に預け給へかしと仰ければ、誠に去事有、其俊宗と言ふこくはじやめば、由有る曲者(くせもの)にて、我等をも狙ふと聞え候、去りながら此劍共の有らむ程は、御心安く思召(おほしめし)て、御枕に立て給へとて、大通連・小通連、二つの劍を抜き出して、そもそも此劍と申は、天竺(てんぢく)真方(まかた)國にて、阿修羅王(あしゆらわう)、日本の佛法盛ん也、急ぎまだうに引入よとの御使ひに、某眷族共(それがしけんぞくども)をくして参る時、此三つの劍を給はる事、後代までの面目(めんぼく)られは身を放す事無し、然るを一夜の情けにほだされて、鈴鹿御前に参らせて、御枕が身に立て給へとて、未だ夜を篭めて、立迷ふ黒雲に打乗りて、鬼の住かに歸りける。斯くて俊宗は、此由を聞し召し、たた是佛神の御計らひ也とて、いよいよくはんねんし給ふ、斯くて夜も明ければ、急ぎ御用意有るべしとて、先二つの劍を参らする、一つの釼明連と言ふ劍は大嶽丸が叔父に三面鬼(さんめんき)と申鬼が預かりしか、此程天竺へ参り候そや、又今夜は鬼共に酒を進めて飲ませよ、兵事(へいじ)を送りて侯間、皆眷族共はゑい伏し侯べし、御心安く思し召して討ち給へとて、鈴鹿は雲乗りて立隠れ給ふ、去程に大嶽丸、此をば夢にも知らずとて、連中差して入ければ、俊宗立向かひて、鈴鹿御前と申は何者ぞ、定めて大嶽丸と言ふ曲者か、汝知らずや、我は是、日本の御門に遣へ奉る、田村大將軍俊宗とは我事也。十七にて大和の國奈良坂山に、かなつぶての靈山と言ふ化生(けしやう)の者を従へ、大將軍の司を給はり、御門を守護(しゆこ)し申事、異國までも其の隠れ無し、それになんそ、まの前にて大惡を成す事、たがゆるしけるそとの給へは、大嶽丸は、今まで美しき童子成りしが、見る見る丈十丈ばかりなる鬼神と成、日月の如くなる眼を見出し、俊宗を睨みけるが、天地を響かし大をん舉げて、汝は扶桑(そくさん)國の御門の臣下として何程の事有べきぞ、手並みの程を見せんとて、冰の如くなる劍鉾(けんほこ)を、三百ばかり投げか来る、去れ共俊宗の味方には千手觀音(せんじゅくはんをん)と、鞍馬の大毗沙門天(ひたもんでん)、兩脇に立給ひて、將軍の上に落ち懸る鉾を払ひ給ふ、鬼神は怒りをなし、數千ぎに身を返じ、大山の動く如し、去れ共田村騒ぎ給はず、神通の鏑矢射給へば、或るひは撃たれ、射た手をひ、四方へちりちりになりにけり、去れ共大嶽丸は微塵(みぢん)と成り、磐石と変化、暫く撃たれされば、俊宗劍を投げ給へば、首は忽ち打落とされ、雲霞の如く見えたる眷族も、皆消え消えと成りけり、其後鬼の首共を、ざう車に積み、都に上せ給ふ、御門衛(ゑ)いらんましまして、伊賀の國を給はり、いよいよさかへ給ふ、去れ共俊宗は、鈴鹿御前情け深く坐しければ、やかて御下り有て、明しくらし給ふ程に、姫君一人出き給ひて、御名をは聖林(しやうりん)女と申て、何時聞かしつき給ふ、去れ共都遠き所なれば、折伏しは都の事思し召し出して、何時まで掛かる雛の住まひならん、偲ひ都に上らばやと思し召しければ、鈴鹿御前是を打見(うちみ)給ひて、元より我は下界の人間に非ず、何事も御心に思ひ給ふ事を我知らぬ事無し、さしも二世とこそ契りつるに、早くも變はりたる御心かなと、涙に咽び給へば、田村聞し召し、いさとよ心の變はる事はさふらはず、去れ共此の所に斯くてながらへ候へは、君の御恵みも薄く成り、又は郎等共の思はん程も謀り難し、同じく都へ御供申て、住まばやとこそ思ひさふらへと仰られければ、其の御言葉もことはりなれ共、去りながら我は此の山の守護神(しゅごじん)と成り、都を守り申べし、急ぎ御上り候へ、御心こそ謀りたり共、我は聖林(しやうりん)と申姫が候上は、弓矢の守り神となるべし、さあらは此くれには、淡海(あふみ)の國に、悪事(あくし)の高丸出て、世の妨(さまた)げを成すべし、さあらは田村に、又従へよとの宣旨降るべし、内内御心に掛け、御用意有れと仰ければ、田村聞し召し、こは恨めしき御事かな、もし諸共に上り、都の住まゐもかなとこそ思ひつるに、如何で見捨て参らすべきと仰ける、鈴鹿御前聞し召し、先先此度は我に任せて、御昇り候て、やがて又降り給へとありしかば、力無く、俊宗上らく有て、先參内されければ。
     御門衛いかん有て、管弦亂舞(くわげん くはげんらんぶ)御歌合様様の御持成(もてな)しなり、上くぎやう天上人、とりとりの御慰めに、さらによるひるかけて御暇も無し、斯くて彌生(やよひ)の末より、神無月の始め頃まで、御遊覧(ゆふらん)有ける所に、鈴鹿仰せし如く、淡海の國に、高丸と言ふ鬼居できて、往來の者を喪ふ事數を知らず、急ぎ討つて下さるべしとて、在所在所より申來る、此由相聞申ければ、たまたま將軍の在京也、此年月の辛苦をも慰めんと思ひつるに、程も無くて、掛かる事こそらめしけれ、去りながら誰に仰せ付けられん物無しと仰ければ、俊宗は時の面目(めんぼく)是にすきしと、悦び御受けを申、罷(まか)り立て、鈴鹿へ此由申さはやと思し召しけるか、いやいやつうりきにて、とくしり給ふべき物を、時移りては足柄あしかり)なんと思し召し、十六萬きの兵を引ぐして、高丸かぢゃうへをしよせ、內の有様見給ふに、石の築地(つゐぢ)を高くつき回し、鐵の門さをさし固めて、せめ入べき様も無し、俊宗門前に駒掛け寄せ、如何に鬼共確かに聞け、只今汝か討つてに向ふたる者を、如何なる者とか思ふらん、一刻までも隠れ無き、藤原の俊仁の嫡子(ちやくし)に、田村將軍藤原俊宗也。手並みの程は定めてきき及び給ふらんに、何とて罷(ま)り出てか胡散(うさん)して、命を繼ぎ、己が本國へ歸らぬぞとの給へは、じゃうにはなりを鎮めて、音もせず、俊宗笑(はら)を立て、鈴鹿御前の伝へ給ふ桑貝印(くわかいのいん)を結びて、じゃうの内へなげ給げば、 花苑(くわゑん)と成てやけ上がる。高丸は雲に乗りて、信濃(しなの)國布施屋(ふせや)ヶ嶽(だけ)へ落ち行きける、田村續ひて責められければ、駿河(するか)國富士嶽へ落ち行きける、是をやがて攻め落とされ、外の濱に落ち行けるか、是を責め付けられて、たうと日本の境に、岩を刳り貫き、じゃうとして、引篭もりければ、ろく地に續く程は責めけるが、海上の事なれば、如何せん、先引取り兵船を整(ととの)へてよせんとて、引き給ふが、十六萬期の兵(つはもの)、此処かしこにて討たれ、やうやう二萬旗ばかりになり、都へ上り給ふとて、鈴鹿の坂の下、罷りのしゆくにつき給ふそと仰ける、俊宗聞し召し、その御事にて候、罷り向ふ時も、御いとまこいに参らばやと存知候へども、時刻移りなんと思ひ、罷り通り候也、高丸をは随分責め候へとも、今は海中に岩を刳り貫きて、引篭もり候あひだ舟を整へん為に、先都へ上り候、其上人余た討たれ候、此由申上、やがて又打寄せ候べしと仰ければ、鈴鹿聞し召し、舟も兵も、如何程集め給ふ共ぼんぶの身に叶ふべからず、兵共をば、急ぎ都へ上(のぼ)せ申さんとて、神通(じんつう)の車乗り、只二人刹那が間に、外の濱に着き給ふ、高丸は折伏し、昼寝して居たりつるが、かつは遠(とほ)き、例の田村か又來るぞ、用心せよと言ふままに、岩戸を立てて引篭もる、其の時鈴鹿は左の手を差し上、天を招(まね)き給へば、十二の星、二十五の菩薩、天降り給ひて、見目(みめ)うの音楽を揃へ、斯の岩屋の上にて、舞ひ遊び給へば、高丸勝て合ひの娘是を聞、あら面白の音楽や、天竺に在りし時、度度聞けれ共、斯程の楽は今だ聞かず、哀れ見ばやとこそ天へけれ、高丸申やう、誠の楽と思ふべからず、田村と鈴鹿、我を謀り出さんとてする事ぞかし、構へて見る事むやくなりと言へば、娘重ねて申やう、露(あらは)にも出て見ばこそあしからめ、戸を細目に開けて見候に、何の子細の有べきと言ひければ、力無く岩屋の戸を三寸斗開けて覗きければ、廿五の菩薩天童子集まりて、殊に妙(たえ)なる音楽を揃へ舞給へば、余りの面白さに明くるとは思はね共、廣廣と開きければ、鈴鹿田村に、あれ遊ばせとの給ふ、俊宗鐵の弓に、神通の鏑矢撃つがひ、暫し固めてはなち給ふ、雷(いかづち)の如くに成り渡り、高丸か眉間(みけん)を砕き(いくだき)、腰骨(こしぼね)掛けて、後なる石につなぬかれける。其の時劍を投げ給へば、高丸親子七人が首を打落とし、八人のつつの忍足(にんそく)にもたせて、都へ上り給ひければ、くんか受けじゃう、思ひのままに頂戴 ( ちやうだい )して、又鈴鹿へ下り給ふ、御前は悦びの神酒(みき)を勸(すす)め、夜もすがらく半減して、明石(あかし)蔵させ給ふ。
    大嶽丸と高丸を倒した。続きは復活たる大嶽丸の逆襲。



    Fate/Stay night」~東日本巡礼編~
    お疲れ様でした。m(__)m
    私信:
    >コレ? これはチェックしてなかったです。
    ああ、機会があれば御覧なさい。痛いかも...(?
    >経験者
    どんな経験が聞きたいところですが...
    >とりあえず前者と解釈しておきます
    前者です。後者はどんなものが知りませんが、心当たりは幾つもありますので自主規制取った方がいいかも。
    >私は第1巻を読んでダメで、その後読んでませんでした。
    私は第0巻(外伝)から読んだのです。やっぱり第0巻を読むことはオススメます。
    第0巻も駄目だったら、続きを読む必要もないと思いますわ。

    巫女 GNYO/Linux
    http://miko.gnyo.org/
    12月30日(金) 西地区 お-33b
    MIKO GNYO/Linux2.4とマニュアル本を頒布予定。

    ■車に変形する二足歩行ロボット HSWR-007
    http://robot-fan.net/spot/spot067.html

    美少女女体化新薬の完成で日本安泰
    http://www.nyasoku.com/archives/50348333.html
    安泰って訳ないだろう...


    2006/02/12

    妖怪大戦争 (角川文庫)

    2006-02-12-日 今更に如何なる駒が懐くべき荒めぬ草と遁れにし身を

    []11日のことですが。 11日のことですが。を含むブックマーク 11日のことですが。のブックマークコメント 編集CommentsAdd Star

    新しい身分証明書を領取するために実家に行って来ました。新の身分証ですが、英語表記にROC中華民国)がないのに、TAIWANだけ何度も書いている。敢えて言う、自ら正統性を放棄するのは如何なるものでしょうか。
    日本史から見れば、南北朝時代でも、南朝の国号は日本(やまと)であって、決して吉野にならないと同じです。台湾は、便宜上のために台湾と表記してもいいだけど、国号を台湾にするのは断じて間違ってます。南北朝の頃、南朝も北朝も、神皇正統記続神皇正統記によって、夫々の正統性を自ら主張します。それと正反対に、自ら正統性を見捨てるような真似はやっぱり気にならないところです。

    菅家文草
    http://applepig.idv.tw/kuon/furu/text/waka/kanke/bunsou/bunsou.htm
    164 薄霧 廿頌十二。
        山家侵曉霧 誰憚濕幽襟 菊壝籠花薄 沙崖網水深
        看山無寄眼 聞浪得留心 暗記秋天事 閑居獨自吟
    菅原道真菅家文草』巻第一0164

    ■国際書展に行って来ました。
    寄り道、といえませんが、国際書展に行って来ました。
    書展というより、人々に会いに行く雰囲気です。
    そこで、ロリコンKagayaさんと、冬目景ファンの東さんと、挑戦者elielinさんに会いました。特にelielinさんとは初対面です、これからも宜しくお願い致します。

    妖怪大戦争 (角川文庫)
    其れを見つかったけど、相変わらず会場には販売を行ってませんので、今度注文しよう。
    荒俣宏」だけで買う価値があります。

    地球戦隊フラッシュメン
    http://video.google.com/videoplay?docid=5335483908999364192
    え?

    ■(*´▽`)陛下たん(未来にキスを経由)
    http://www.12sai.org/index.html
    ......
    陛下たん「サーヤおねえちゃん、このご本小泉のおじちゃんと直人おじちゃんが(*´▽`)イヤーン」
    紀宮様「菅×小泉萌えーーー!ですわ」
    おいおい、大丈夫か...ニッポン^^;

    有明宮 †
    宮家の1つであり、多くの場合、ある1人の人物を指す。
    現当主は晴海(はるみ)殿下。御紋は「十四葉一重表菊に薔薇」。
    陛下たん、殿下たんの良きお姉さん役なのだが、
    趣味同人(しかもメインが801ジャンル)というのだから、
    非常に陛下たんの教育上よろしくない。
    またカップリングの参考にされたり、コスプレモデルにされたりと、
    周囲の人間にとってもこれまたよろしくない。
    しかしそれを除けば、陛下たんが悩める時は適切なアドバイスをし、
    悲しむ時は慰めたりと、なんだかんだ言ってもゆとりのある大人な女性である。
    なお、夏冬の某巨大イベントでは、作品の販売委託先(毎回交代)には
    御紋の掲揚と御用達の表示が許され、無条件で壁際が用意される…らしい。
    _| ̄|○


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    2006-02-11-土 綿津海はあまの舟こそありと聞けのりたがへても漕ぎ出けるかな

    []出掛け。 出掛け。を含むブックマーク 出掛け。のブックマークコメント 編集CommentsAdd Star

    詳しいは実験室に戻ったから書く。

    菅家文草
    http://applepig.idv.tw/kuon/furu/text/waka/kanke/bunsou/bunsou.htm
    163 片雲 廿頌十一。
        一片秋雲細 微微出紬賒 樵夫披得道 隱士遂知家
        未計虛心定 唯隨澗口斜 浮沉何處在 恐被晚風遮
    菅原道真菅家文草』巻第一0163

    オタクの娘さん
    http://www2.tokai.or.jp/studio-HiRo/index.htm
    ある意味、今まで一番痛かった話ではないか...