2008/11/04

『BEYOND THE TIME ~メビウスの宇宙を越えて~』で知られる小室哲哉、詐欺容疑で逮捕

2008-11-04-火 消えはつる時し無ければ越路なる白山の名は雪にぞありける

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大日本史
 藤原諸葛,右大臣三守孫。父有統,侍從從五位下。諸葛,承和中,為但馬介,補藏人。【公卿補任。】仁壽、齊衡間,授從五位下,為加賀權介。【文恕y實錄、公卿補任。】貞觀中,歷中務少輔、少納言、兵部大輔、【三代實錄。】藏人頭。【公卿補任。】為左近衛權中將。元慶中,拜參議,尋兼右衛門督,敘正四位下。【三代實錄。】太政大臣基經欲廢陽成帝,會公卿議之。諸卿相顧,莫敢發言。諸葛瞋目按劍曰:「今日之事,宜隨太政大臣處分。有敢違者斬!」議遂決。【玉海承安二年。】?平三年,敘從三位,拜中納言。七年,上表致仕。是歲,薨,年七十。【公卿補任。】
 子玄上,【公卿補任。】工和歌,【尊卑分脈。】善彈琵琶。【江談抄、尊卑分脈。】延喜中,至參議從三位,兼刑部卿。【公卿補任。】
http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/dainihonsi/dainihon.htm

■『BEYOND THE TIMEメビウス宇宙を越えて~』で知られる小室哲哉、詐欺容疑で逮捕
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1188787.html


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2008-11-03-月 山懸くす春霞ぞ恨めしき何れ都の境なるらむ

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大日本史
 藤原松影,父星雄,刑部少輔,從五位下。松影,為人嚴正,鬚眉如畫。起家補內舍人。天長中,遷式部大丞。時東宮僚屬,妙選名流。松影風望風著,擢為少進。既而復式部大丞。朝會之日,源常有敕帶劍,式部省詰以未知詔旨,常愧赧而退。帝聞大怒,貶責本省官人,松影左轉彈正少忠。承和中,為遣唐使判官,兼山城權介。以母老辭判官,復為式部大丞,出為丹波介。頃之,又為式部大丞,授從五位下,任左少辨,累歷中務、治部少輔、出雲山城等守。齊衡二年,卒,年五十七。松影四入式部,諳練故事,其進止容儀,得於天性。後為式部者,皆以為模楷焉。【文徳実録。】
http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/dainihonsi/dainihon.htm

航空幕僚長を更迭…論文で「わが国が侵略国家は濡れ衣」(講武堂経由)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20081031-OYT1T00646.htm
論文全文:http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf
 アメリカ合衆国軍隊は日米安全保障条約により日本国内に駐留している。これをアメリカによる日本侵略とは言わない。二国間で合意された条約に基づいているからである。我が国は戦前中国大陸朝鮮半島を侵略したと言われるが、実は日本軍のこれらの国に対する駐留も条約に基づいたものであることは意外に知られていない。日本は19世紀の後半以降、朝鮮半島中国大陸に軍を進めることになるが相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない。現在中国政府から「日本の侵略」を執拗に追求されるが、我が国は日清戦争、日露戦争などによって国際法上合法的に中国大陸に権益を得て、これを守るために条約等に基づいて軍を配置したのである。これに対し、圧力をかけて条約を無理矢理締結させたのだから条約そのものが無効だという人もいるが、昔も今も多少の圧力を伴わない条約など存在したことがない。
お互い事ですね。人は皆、自分に都合のよいものに解釈する傾象があります。
侵略がどうか、それはやっぱり条約の有効性から、意見が分かれています。
その有効性を認めない者は、勿論侵略だと思ってしまいます。認めるものは、当然侵略ではないと言い張います。
最もその論文にも、「東京裁判はあの戦争の責任を全て日本押し付けようとしたものである。」という文言があって、
それも東京裁判の有効性を疑う事ではないでしょうか。つまり、やっぱり立場が違うと、有効性か変わっていると伺えます。
いつも重ねて言いましたのですが、お互いに相手の立場を考えないと、いつ経ても共識が生まれないではないでしょうか。
少なくとも、相手はどんな事情を基って、こういう事を話し出したのを、理解の努力を払わないといけないと思います。
アジア諸国も、こういう記事のタイトルだけみて、すぐキレになった人が多くて、実際に論文を読んだり彼なりの考えを理解したり人が無さそうです。
それと同じ、どうしてアジア諸国の人がタイトルだけ見てキレちゃう事を理解しようもない右の人が多そうです。左も左なりの問題がありあすが...

■田母神・前空幕長の論文から思うこと
http://ishiba-shigeru.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-8451.html
日本は侵略国家ではない!」それは違うでしょう。西欧列強も侵略国家ではありましたが、だからといって日本は違う、との論拠にはなりません。「遅れて来た侵略国家」というべきでしょう。

■『夢想灯籠(むそうとうろう)』タイトル紹介イベント
http://ameblo.jp/onmchan0258/entry-10158511154.html
日本一ソフトウェア×フォグ×ブロッコリー 夢想灯籠
http://ameblo.jp/arkuisan/entry-10159093284.html


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2008-11-02-日  北へ行く雁ぞ鳴くなる連れて來し數は足らでぞ歸るべらな€

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和泉多摩川に帰りました。
f:id:kuonkizuna:20081102181022j:image
Nさんの結婚披露パーティに参加、その為に再び神保町秋葉原に行ってきました。
披露パーティがとても面白かったが、どうやら飲みすぎで下北沢駅の方々に迷惑掛けました。
酒だけならいいかもしれませんが、多分酒酔いを伴い電車酔いになったのでしょうか、
JR神保町から新宿にいて、小田急に転乗してから調子が急に悪くなってしまいました。
こんどは、再びこういうことにならないように、注意をつけます。
さっき、デジカメが無くなったことをはじめて気づいた。
銀色デジカメKodak EasyShare)で、黒い避震カバーに入っております。
小田急の人にも聞いたのですが、まだこういう物件を届かなかったらしい。
お店の方も聞くようにします。



大日本史
 藤原助,少遊大學,頗涉史傳。弘仁末,歷少判事,為大學助。歷官內外。承和中,拜參議,遷治部卿,為左兵衛督。敘正四位下。性清直,不憚毀譽,廷臣為之跼蹐。仁壽三年,卒,年五十五。【文徳実録。】
http://miko.org/~uraki/kuon/furu/text/dainihonsi/dainihon.htm

■たかが首筋、されど首筋…うなじの魅力を語れるか!
http://news.livedoor.com/article/detail/3857569/


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2008-11-01-土 名にし負はば去來言問はむ都鳥我が思ふ人は有や無しやと

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明日(11/1)は、朝起きてから、一段学校に、そして東北沢駅より和泉多摩川駅、タマエステ直行予定。
入居手続き完了したあと、神保町へ。Nさんの結婚披露式に出るつもり。
もし時間の余裕がある場合、現在開催中の古本祭りでも見ようか。うまくいける様に。
  • AM 07:04、学校到着。
  • AM 09:10、新居到着。
大日本史
 藤原衛,二歲歳母。比及五歲,問而知之,哀慕感人。内麻呂奇之,立為嫡嗣。七歲遊學。奉文章生試及科,時年十八,時人方之漢賈誼。為中判事,遷大學助。弘仁未,敘従五位下,為遠江守。政貴?靜,百姓欣戴。天長中,朝廷善其治績,授従五位上,累遷木工頭、右少辨、式部少輔。有不法者,必論斥之,不避貴戚,蒂甚器之。承和初,轉大輔,兼伊豫守。後為太宰大貳,上表辭曰:「被尚書召,以臣為鎮西大貳。劍壁流汗,弱水寒心。比之於臣,彼何足喻。臣聞:『遊榆枋者,無培風之勢;割烏鳥者,非解牛之宜。』即知,小大之分,自定於天資;輕重之用,甚明於人事者也。臣自出身以來,適二十餘年,雖頻遇昌運,頗歷司牧,而入蒞曹局,出制滕薜。彼少事之地,尚恥治化於古。況方嶽之寄,必待邦家之光。而不以臣之輕瑣,猶令誤此重選。思力於内,圖任於外,如蚊虻之負丘山,何年月而期功效。富與貴者,是人之所欲也。臣何人而辭曜世之榮哉。所恐天工之空,従明時而始,豈顧冥叨之誹,実人口之中。庶暫收咫尺之威,熟察方寸之誠。」不允。先是,所管北國二島醫師、博士,總府所自任也。名実不副,虛費稟祿。衛奏曰:「博士,執經受業之職;醫師,合藥療治之官也。雖道自有優劣,然事非無緩急。何者,一夕之命,得方則存其生理;百年之身,失術則墜其天算。彼飛鳥之葺草,流香之反魂。言於世路,是甚急者。而今府所任置醫師等,未必其人。假名居位,三藥非共知,十療無一驗,遂使病門失望,豈是皇度本意乎。請特依朝選,以革弊風。書奏。」従之。自此典藥生始受業練道者。【文徳実録。】又上奏四條,其一曰:「新羅朝貢,其來尚矣。而起自聖武皇帝之代,迄于聖朝,不用舊例,常懷奸心,苞茅不貢。寄事商賈,窺國消息。方今民窮食乏,若有不虞,何用防之。望請新羅人,一切禁斷,不令入境。」二曰:「交替務畢,未得解由。五位之徒,寄言符旨,留住管内,常好農商,侵漁百姓。巧為奸利之謀,未觀填納之物。望請交替畢事,早従入京。」三曰:「府多官舍,破損不少。例用浪人,常勤修理。而比年多依官符,被充他用。望請一切不寄他所,將役府國修理。」四曰:「邊要之地,為有警虞。延曆年中,特立制文,不許開田。而比年頗有墾開之事。望請依延曆三年四月廿六日符,一従停止。」許之。【續日本後紀。】秩滿歸京。嘉祥中,端午節,帝御武徳殿,賜宴於渤海使。妙選侍臣善辭令者,衛中其選。賜續命縷佩之,使客歎其儀範。尋為彈正大弼,王公豪右咸畏憚之。仁壽、齊衡間,遷勘解由長官,兼加賀守,至正四位下右京大夫。天安元年卒,年五十九。弟助。【文徳実録。】
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■「お前らの作品は所詮コピーだ」――富野由悠季さん、プロ論を語る
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0810/31/news118.html

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